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黛敏郎 「涅槃交響曲」

ゴーダマ・シッタルダ、あるいはブッダ、はたまた釈迦。
  
仏教の祖である彼が生まれたのは紀元前5世紀頃のインドであるが、それを遙かに2000年ほど遡ること紀元前25世紀頃、インダス川流域には巨大な文明があった。しかしこのインダス文明における宗教観は文字に残っていない事もあって謎に包まれている。紀元前10世紀頃この地にアーリア人が進入し、バラモン僧が儀式を行う「バラモン教」が生まれた。彼らはそれまでその土地に伝わってきた祭詞や聖歌などを集めた巨大な聖典ヴェーダ」(「知の本」)を編纂した。
  
ヴェーダ」はサンスクリット語で書かれているが、ヒンドゥー教徒ヴェーダの事を「意味だけではなく、音の響きそのものも神聖である。それは人が作ったものではなく、神々が作ったものを『聞いた』のである。ヴェーダは「オーム」という聖なる音から生まれ、そしてそれは宇宙ができる前から存在した」と考えた。ヴェーダ信仰は宇宙信仰そのものなのである。
  
ヒンドゥーの思想では「音」には深い意味を持つ。そのもう一つが「マントラ真言)」である。マントラには文字としての意味を持つ必要はなく、大切なのは「音」である。宇宙の創造より前から存在していたとされる「オーム」は一つのマントラであり、その聖なる音を唱える者はその聖なる力を取り入れる、とも言われる。
  
  
その後ブッダが生まれ、仏教が誕生した。仏教がインドから中国へと広まっていく中で、「ヴェーダ」の一つである「サーマ・ヴェーダ」(「歌詠の集成」)もまた中国へともたらされ、「梵唄(ぼんばい、サンスクリット語の歌)」から「声明(しょうみょう)」と漢訳され呼ばれるようになった。漢訳をしたのは「西遊記」でも有名な玄奘三蔵と言われている。
  
日本への仏教公伝は538年だが、「声明」が日本史上に初めて登場するのは奈良の大仏の開眼法会でのことである。時に752年、奈良時代
  
しかし、日本では律令制の整備など国家としての統一に仏教を利用したことによって奈良仏教が強くなりすぎたこともあり、天皇は都を奈良から京都へと移す。平安京である。そこで登場するのが最澄であり、その少し年下の空海である。最澄はそれまで権力者や高僧たちのものであった仏教に疑問を持ち、全ての者が救われる新たな仏教を求め空海と共に遣唐使として中国へ渡り、そして密教に出会った。
  
  
仏教が生まれた当初は、ブッダのように修行を通して悟りを得た者こそが勝利者であるという小乗仏教があった。その後、救いを求める者は誰であれ悟りの道は開かれている、という大乗仏教が生まれた。ブッダとは「悟り(ニルヴァーナ)」そのものがこの世に現れた姿であり、それは「仏」である。仏の説いた教えを「法」、法を学ぶ者を「僧」といい、この「仏法僧」を仏教の3つの宝(三宝)としている。サンスクリット語の「ニルヴァーナ」には「吹き消す」「消滅する」といった意味がある。煩悩の消え去った安らぎの清寂である。
  
ブッダが説いた教えは、それぞれの人に分かりやすい言葉に代えて伝わっているため、「悟り」そのものとは異なる。このブッダの説いた教えの言葉の一つ一つに重きを置く考えが「顕教」である。そうではなく「悟り」(あるいは「真理」)そのものが至上である、しかしそれは大衆には理解できず一部の修行を積んだ者のみが秘密の儀式を通してのみ理解できると考えるのが、秘密仏教、つまり「密教」である。
  
密教大乗仏教の最後の流れとして生まれた。唐へ渡った最澄空海は中国僧の恵果から密教を学び、日本へ持ち帰った。そして最澄天台宗を、空海真言宗を開いた。比叡山高野山など総本山が山深い場所にあるのは密教ならではであり、これがために山岳仏教、山岳密教という言い方をする。空海は「顕教は仮の教えであり、密教こそが真実の教えである」と考えた。
  
天台宗の儀式で行われる声明が「天台声明」、真言宗の儀式で行われる声明が「真言声明」であり、これが整備され2大声明と呼ばれるようになった。
  
「声明」とは、このように五千年に迫る歴史を持つものなのである。
   
   
ブッダは「悟り(ニルヴァーナ)」そのものがこの世に現れた姿である。よってその死に際してはブッダは「ニルヴァーナへ戻る」という意味の「涅槃(ねはん)に入る」という言葉を残した。
  
すなわち、「涅槃」とは「悟り(ニルヴァーナ)」である。
  
  
  
■黛俊郎「涅槃交響曲
  
梵鐘(お寺の鐘)の音を音響解析し、ステージ上と会場座席後方2カ所の合計3群に分かれたのオーケストラが、梵鐘の響きを会場全体に再現する(カンパノロジーエフェクト)。男声合唱は、このカンパノロジーエフェクトと絡みながら、禅宗マントラである「首楞厳神咒(しゅうれんねんじんしゅう)」、広く各宗派で採用されている経文「略三宝」にて“至高の知恵の完成よ”と「法」を請う「摩訶般若婆羅蜜(もこほじゃほろみ)」を唱える。そして最後にはこの上なく美しい天台声明「一心敬礼(いっしんきょうらい)」をオーケストラと共に歌い、一切の苦から解放された「永遠の涅槃に到達」し、この曲は終わりを迎える。
  
この作品は、1958年に初演されているが、初演直後に40カ国から演奏希望の問い合わせがあったとのこと。
作曲者曰く、「どんなにすばらしい音楽も余韻嫋々たる梵鐘の音の前には、全く色褪せた無価値なものとしか響かない」。
  
私は、この作品は日本管弦楽史上の最高傑作ではないかと密かに思っている。(異論は認める。)
  
  
  
【参考文献】
リチャード・ウォーターストーン・著「インドの神々」(創元社
田中健次・著「図解日本音楽史」(東京堂出版)
八木幹夫・訳「日本語で読むお経」(松柏社
2009/4/7 読売日本交響楽団演奏会、黛俊郎「涅槃交響曲」解説より
NHK交響楽団「尾高賞受賞作品集1」CD解説より
  
【画像】
国宝「仏涅槃図」(真言宗高野山金剛峰寺蔵)

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