NHK交響楽団 MUSIC TOMORROW 2021

コロナ禍の中、クラシックも「配信コンサート」が増えたわけだが、それでも配信では分からない、ホールでしか体験できない「音の響き」を堪能できるコンサートというものはある。その代表例のようなコンサートであった。
この時代にあって「生で演奏を聴くという行為の意味・価値」を改めて深く認識させられるコンサートだった。

 

近年稀に見る名演を聞いたのかもしれない。

 

NHK交響楽団の本気は本当に凄い。

N響のコンサートを聴いても、たまに「これは練習してないな」という演奏に出くわすことが実際にある。「これ当日朝パート割り決めたでしょ」っていう印象を得る時でさえある。

MUSIC TOMORROWはN響が1988年から続けているシリーズであり、年に一度だけ現代音楽を集中的に扱う特別演奏会である。演奏活動と創作は、互いに刺激し合い、新しい世界を紡ぎ出す両輪のような存在である。「明日につながるオーケストラ音楽のために」この演奏会は、その存在意義を定義しているのである。「創作」という活動への敬意と、同じ高みを目指すアートとしての”クリエイティブな”「演奏」活動が、そこに在るのである。

 

  • 西村朗「華開世界~オーケストラのための」
  • 間宮芳生「ピアノ協奏曲 第2番」
  • 細川俊夫「オーケストラのための『渦』」

杉山洋一・指揮
吉川隆弘・ピアノ

 

個人的に、日本の管弦楽曲は結構リピート(いわゆるヘビロテ)して聞いているものがいくつかある。黛敏郎の「涅槃交響曲」だったり、石井眞木の「遭遇」だったり、武満徹の「夢の引用」だったり。そんなリピートして聞いている曲のトップ5に入るのが西村朗の「幻影とマントラ」だったりする。

西村作品ならではの「艶やかさ」があって、その独特の妖艶さがツボだったりする。「華開世界」もまさにそんな色気を醸す音楽であるのだが、そこにはストーリーのような流れの中に緩急があって、それがまた引き込まれる。そしてそのストーリーの中の繊細さの求められる情景に出現する、超弩弓の凄まじい緊張感と集中力。その迫力たるや、「さすがN響」と思わせるには十二分に過ぎる。ラストの超高音域に吸い上げられていく弦楽は緊張と集中で呼吸さえも忘れる。

しかし前述の「幻影とマントラ」よりも、より色調に鮮やかさが大きく広がっていて、それはそれとしてアートたる音楽の一端を垣間見て素晴らしい。

 

間宮さんのピアノ協奏曲。この曲だけ1970年作曲ということで、半世紀前の音楽ではあるのだが、とはいえ古びを感じない。

いや、厳密には感じていた。そのピアノによるモノローグは、武満作品のような、深い内省的な音響を持つ過日の日本クラシック音楽が持つ良さをしっかりと湛えており、「こういう詩情が魅力的なんだな」という所をあらためて想起させられる。吉川さんのピアノがまた素晴らしい。他方でまるでバーンスタイン交響曲のような近代的でまとまりのとれたオーケストラ音響も感じる。その柔らかな懐かしさの中に、実に不思議な新鮮味が共存しており、「創作に対抗しうるクリエイティブな演奏」という主張を改めてこういうものかと納得させられる。
そして、なんといってラストの終わり方が実にかっこいい。

 

と、最後に控えるのは現代日本を代表する作曲家、細川さんの新作。

「海の打ち寄せては引く波の動き」を感じさせる音楽、オーケストラ側に海が広がり客席側に砂浜が広がるような、というのがベースにあるのだが、その冒頭は、弦楽が会場を吹き抜ける夏風の強さを持ち、そこに後から「風によって揺れ動く」他力本願な体さえ持つ、僅かに遅れてくる「風鈴」の柔らかな音が、日本の夏の風情のような心地良さを持つ。

オーケストラの中に風鈴の音というものは、ありそうであまりないが、こうして聞いてみると、本当に実に心地良い。

そこに金管のハーモニーが流れ、それが客席後方のバンダの金管に受け継がれてこだまし、そこに録音では認識することの不可能な立体的な音空間の世界が生み出されていく。そして、その金管の、特にホルンなどが奏でる短いが印象的なフレーズが一つひとつ丁寧に紡がれており、それが全体へ溶け込み広がる様は実に美しい。

ラスト、打楽器パートに置かれた大きな水槽の水に奏者が手を入れ、手を引き上げる際に水滴が水面へと落ちる音をアンプによって拡大し、あたかも会場全体が深い水の底にゆったり沈んでいくように終わる。こういう音は事前に録音したものを流すのかと思ったが、実際にその場で「演奏」された。その滴る水の量や大きさといったバランスさえも指揮者と演奏者の手の内で音楽の一部として綿密に計画され、それがためにその絶妙な加減には脱帽する。

細川さんの作品は演奏会や録音を含め、フルオーケストラや弦楽四重奏などいくつか聞いたことがあって、ベルリンフィルのデジタルコンサートホールでも聞くことができるわけではあるが、今回の「渦」は、感銘を受けるほどの美しさがあったように思う。

 

 

MUSIC TOMORROWは近年若い作曲者によるフレッシュな音楽というものから遠ざかっていて、「TOMORROW」の部分の意味をどこに感じるかという点を考えさせられる事がちょくちょくとあったが、2年ぶりのこの演奏会は、「若さ」と「明日につながる」は必ずしも同じような価値を持つ概念ではない、という深さを学ばせてもらった。

 

本当は書くつもりではなかったが、素晴らしい演奏会だったのでここにそれを書いておく。